実直なフレンチ シェフと厨房 真心デザート
第3話 私の夢・あこがれ・尊敬する北海道


東京に生まれて、大学に入るまで東京で育った私が、どうして北海道に惹かれるようになったのか。そのいきさつについて、書いてみようと思います。


ロバだけでなく、犬も猫も昆虫も生き物ならなんでも好きだった幼少時代の私は、ちょっと、いえ、だいぶ変わった子どもでした。捨て猫・捨て犬がほおっておけず、けれど家に連れて帰って飼うことも許してもらえず、親に隠れて動物を飼ったり。それが問題となって、ちょっとした騒動を起こしたこともありました。「わたし、間違ったことしてないのに……」と思いながらも叱られて、満たされない思いを抱いていました。 そんなとき、ムツゴロウさん(畑正憲さん)のことを知り、本で読んだりテレビを見て、「わたしがやりたいのはコレなんだ! 大人になったらムツゴロウ王国で働くんだ!」と思ったのが、北海道に思いを寄せるようになった最初のきっかけでした。


もうひとつ、子どもの頃のエピソードがあります。私の父は海軍にいた“コワイお父さん”だったのですが、あるとき従兄弟と一緒に父の前に座らされ、あらたまって話を聞かされました。 「これから世の中は大きく変わっていく。おまえたちは一次産業に生きなさい」と。じつに唐突な話で、小学校低学年の私は一次産業という言葉の意味さえ分かりませんでした。でも、北海道の酪農の大学に進学しようとしたとき、母は猛反対でしたが、父のその言葉が農業に関わることを応援してくれ、さらに父は「これからは女だって夢を持って生きていいじゃないか」と、私を送り出してくれました。


ムツゴロウさんの真似がしたいという幼い頃からの夢と、父の言葉に後押しされて、私は念願の北海道で大学時代を過ごすことになりました。 大学に入って実感したことは、当時の北海道の農業は経済的に豊かではなかったこと。そして、冬はおそろしく寒いことでした。ドテラを着て学校に通う同級生もいたほどですから。


私が進んだ大学は「北海道を酪農王国にするんだ」というフロンティア精神に満ちていました。農業実習を嫌だと思ったことは一度もありませんが、農作業は大変な重労働だということを体験しました。そして、わたしの大変さの比ではなく、北海道で実際に農業を営むことの厳しさ、経済的な困難を目の当たりにしてきました。 一方で、農家の人と触れあって、「人ってこんなにあったかいんだ、なんの見返りも考えずにこんなに親切にしてくれるんだ」、そいういう思いを持ったのも、この頃でした。


親切であったかい農家の人たちから、「ねえちゃんなんか、学校卒業したらどうせ東京に帰っちまうんだろ」と、そんなこともよく言われました。 気持ちは反発しました。私は本気で北海道で仕事をして生きたいんだと。でも、農業の厳しい現場を見てきたからこそ、自分の力のなさも分かっていました。


しかし、こうした葛藤とはまったく別の事情で東京に戻ることになり、20代は東京と北海道を行ったり来たり、30代はパティシエール、料理、レストラン経営の修行に打ち込むことになりました。そして、修業時代に同じ修業の身であったシェフと出会い、一緒に店を始めようとしたとき、私たちは北海道に出店しようとして、何度も何度も北海道に通いました。だいぶ粘ったのですが、駆け出しでよそ者の私たちに、良い場所、良い仲介業者さんと出会うことはできませんでした。 冷たかったなあ。そのとき、あたたかくしてくれたのは、農家の人だけでした。


結局、東京で店を出すことになり、このときに、私たちのために新鮮で良質な食材を提供してくださる数件の農家の方が力を貸してくれたのでした。 農家にはなれなかった私ですが、農家の厳しさ、大変さは、現場で体感しました。分かっているから、私は、ちゃんと農業をやっている人を尊敬します。尊敬して、その食材に申し訳ない仕事はできないんだと、シェフも私も肝に銘じてこの仕事をやっています。農家、畜産家だけでなく水産業も、地球と向き合って命を育む仕事は、ほんとうに大変な仕事だと思っています。


ル ゴロワのオープン当初、食材を提供してくれる農家は数件でしたが、機会を見つけては畑や牧場にせっせと足を運んでいるうちに、食材を提供してくださる方が増えていきました。 そんな皆さんのおかげで、ル ゴロワは“北海道フレンチ”の店となったのです。 尊敬する皆さん。大好きな北海道の皆さん。いつも、ありがとうの気持ちで、ル ゴロワをやっています。



第2話 二つのル ゴロワ
第1話 北海道で馬車のケーキ屋さん

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photo courtesy Kazuhiro Yamamamoto
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photo by Muneaki Maeda
photo by Masahiro Sakabe
photo by Muneaki Maeda
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